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なぜ日影規制は冬至が基準?太陽の動きから解き明かす理由と設計への影響

建物の高さを考える上で欠かせない「日影規制」。建築設計に携わる方であれば、その計算の複雑さや計画への影響の大きさを日々実感されていることでしょう。この日影規制の計算は、すべて「冬至の日」を基準に行われます。しかし、なぜなのでしょうか。太陽の光が最も力強い夏至や、過ごしやすい春分・秋分ではなく、一年でたった一日、最も昼が短い冬至の日が、全ての基準とされているのでしょうか。

この素朴な疑問には、地球の天文学的な動きと、人々の暮らしを守るための法律の趣旨が深く関わっています。本記事では、この「なぜ日影規制は冬至が基準なのか?」という問いを徹底的に掘り下げます。太陽と影の関係から、法律が目指すもの、そして実際の建築設計に与える影響までを分かりやすく解説します。この記事を読めば、日影規制というルールの本質的な意味を理解し、より深いレベルで建築計画と向き合うことができるようになるはずです。

1. 日影規制の基本:冬至の日を基準とするルール

まず、日影規制と、その基準となる「冬至の日」の基本的な定義についておさらいしておきましょう。すべての議論はこの定義から始まります。

1.1. 日影規制とは何か?目的と概要をおさらい

日影規制は、建築基準法第56条の2に定められた、建物の高さに関する法規制の一つです。その目的は、建物が密集する市街地において、中高層の建築物が隣接する土地の日照を過度に妨げることがないようにし、良好な住環境を保護することにあります。

具体的には、ある建物が、決められた測定水平面の上に、一定時間以上の日影を生じさせないように、その形状や高さを制限するルールです。この「一定時間」や規制のかかる範囲は、その土地の用途地域や地方公共団体の条例によって細かく定められており、建築計画における重要な制約条件となります。

1.2. 規制の基準となる「冬至の日」の定義

日影規制における全ての計算の前提となるのが「冬至の日」です。冬至とは、天文学上、北半球において太陽の南中高度(真南に来た時の高さ)が最も低くなり、結果として昼の時間が一年で最も短くなる日のことを指します。暦の上では、毎年12月22日頃に訪れます。

建築基準法では、この「冬至の日における午前8時から午後4時まで(北海道の区域内においては午前9時から午後3時まで)の間に生じる日影」を対象として、時間の制限を課しています。つまり、建築設計者は、一年で最も影が長くなるこの日の条件で、建物が法規制をクリアできるかを検証しなくてはなりません。

2. なぜ「冬至」なのか?天文学的な理由

法律が冬至を基準に選んだ背景には、誰もが納得する天文学的な事実があります。太陽と地球の位置関係から、その理由を解き明かしていきましょう。

2.1. 一年で最も太陽が低くなる日

私たちが住む地球は、自転の軸(地軸)が公転軌道面に対して約23.4度傾いたまま、太陽の周りを公転しています。この地軸の傾きこそが、春夏秋冬の季節を生み出す原因です。

冬至の日、北半球は地軸が太陽から最も離れる方向へと傾いています。そのため、地上から見上げる太陽の通り道は、一年で最も低くなります。逆に、夏至の日は地軸が太陽の方向へと最も傾くため、太陽の通り道は高くなります。この太陽の高さの違いが、日影規制が冬至を基準とする根本的な理由に繋がります。

2.2. 太陽の南中高度と影の長さの関係

物理の基本法則として、「光源の位置が低いほど、物体の影は長く伸びる」という性質があります。例えば、懐中電灯を自分の頭の真上から照らせば影は足元に小さくできますが、懐中電灯を床に近い低い位置から照らせば、影は壁に長く伸びるはずです。

これと全く同じことが、太陽と建物の関係にも言えます。太陽の南中高度が一年で最も低くなる冬至の日は、同じ高さの建物であっても、地面に落ちる影の長さは一年で最大になります。つまり、日照という観点から見れば、冬至の日は周辺の土地にとって最も条件が厳しくなる日なのです。

2.3. 夏至や春分・秋分ではダメな理由

もし、日影規制の基準を、太陽が高く影が短い「夏至」の日に設定したらどうなるでしょうか。その場合、夏至の日の短い影では規制をクリアできる建物が、冬になると長い影を落とし、近隣の住宅は一日中日陰になってしまう、という事態が起こり得ます。これでは、人々の健康で文化的な生活を守るという規制の目的を果たすことができません。

春分や秋分の日を基準にした場合でも、冬至の日にはそれより長い影が落ちるため、やはり不十分です。したがって、一年を通じていかなる日であっても「最低限の日照を確保する」という目的を達成するためには、最も条件の厳しい「冬至の日」を基準として採用することが、論理的に最も合理的かつ唯一の選択となるのです。

3. 法律・設計上の理由:最も厳しい条件で考える意味

天文学的な合理性に加え、法律の考え方や実際の設計プロセスにおいても、冬至を基準とすることには重要な意味があります。

3.1. 「最低限の日照」を保証するための安全策

日影規制が目指しているのは、「最大限の快適な日照」の提供ではなく、「健康で文化的な生活を送る上で最低限必要とされる日照」の法的な保証です。この「最低限」を保証するためには、最も条件が悪い状況を想定して基準を設けなければなりません。

これは、建築物の安全性を確認する構造計算と全く同じ考え方です。構造計算では、過去最大級の地震や台風といった、最も厳しい荷重条件を想定し、それでも建物が倒壊しないことを検証します。同様に、日影規制では、一年で最も日照条件が悪い冬至の日でさえ法律の基準を満たしていれば、それ以外の季節では必ず基準以上の良好な日照が得られる、という「安全側」の発想に基づいています。

3.2. 冬至基準が建築設計に与える具体的な影響

冬至を基準とすることは、建築物のプランニング、特に高さや形状、配置に直接的な影響を及ぼします。冬至の低い太陽は、特に建物の北側に対して非常に長い影を落とします。

このため、設計者は北側隣地への影響を最小限に抑えるために、様々な工夫を凝らすことになります。

  • 北側斜線制限との関係: 建物の北側の高さを抑え、斜めにカットするような形状にする。

  • セットバック: 建物を上階にいくに従って階段状に後退させ、一度に落ちる影の量を減らす。

  • 建物の配置: 敷地の中で可能な限り建物を南側に寄せ、北側に空地を設けることで、影が隣地に落ちるのを防ぐ。

これらの設計上の工夫は、すべて「冬至の日に伸びる長い影」をいかにコントロールするか、という課題から生まれているのです。

3.3. 測定時間(午前8時〜午後4時)が設定されている背景

日影規制の測定時間が「午前8時から午後4時まで」と定められているのにも理由があります。これは、人々が住宅内で活動し、日光の恩恵を享受する主要な時間帯として、この8時間が想定されているためです。

太陽が地平線近くにある早朝や夕方の時間帯は、もともと日照が弱く、影も非常に長く伸びるため、この時間帯まで規制の対象に含めると、建築可能な建物が極端に制限されてしまいます。そこで、都市における土地の有効活用と、居住者の日照確保という二つの要請のバランスを取るための現実的な落としどころとして、この時間帯が設定されているのです。

4. 日影計算における冬至の扱いと注意点

実際に冬至の日を基準に日影計算を行う際には、さらに専門的な注意点が存在します。これらは正確な設計に不可欠な知識です。

4.1. 標準時と「真太陽時」の違い

日影計算で用いる時刻は、私たちが普段の生活で使っている「日本標準時(JST)」とは異なります。計算には、天体の動きを基準とした「真太陽時(しんたいようじ)」が用いられます。真太陽時とは、太陽が観測地の真南に到達する瞬間を「正午(12時)」とする時刻系です。

日本は経度にして約11度の幅があり、標準時子午線が定められている兵庫県明石市と、例えば東京や那覇では、実際に太陽が南中する時刻にズレが生じます。このズレを補正するために真太陽時が用いられ、より正確な太陽の位置に基づいた日影計算が行われます。この補正を怠ると、計算結果に誤差が生じ、規制をクリアできなくなる可能性もあります。

4.2. 緯度によって変わる太陽の軌道

冬至の日の太陽の軌道(高さ)は、その土地の緯度によって大きく異なります。高緯度地域(日本の場合は北海道など北の地域)ほど、冬至の太陽は低く昇るため、影はより長く伸びます。逆に、低緯度地域(沖縄など南の地域)では、冬至でも比較的高度が高いため、影は短くなります。

したがって、正確な日影計算を行うためには、計画地の正確な緯度・経度の情報が不可欠です。同じ設計の建物をそのまま札幌と鹿児島に建てた場合、日影の状況は全く異なる結果となります。日影計算ソフトなどでは、これらの地理的条件が自動的に加味される仕組みになっています。

4.3. 日影図作成における冬至の重要性

これまでに述べた全ての要素―冬至の日、測定時間、真太陽時、緯度―を統合して、建物の影の振る舞いを可視化したものが「日影図」です。日影図は、冬至の日に建物が落とす影の形と、その影が規制ラインを越えていないかを示す、法適合性を証明するための重要な設計図書です。

設計者はこの日影図を作成し、役所の建築確認審査でチェックを受けることになります。つまり、日影規制の議論において「冬至」は、単なる前提条件ではなく、最終的な成果物である日影図の根幹をなし、建築計画の可否を決定づける極めて重要な要素なのです。

まとめ

日影規制の基準が、なぜ「冬至」の日に定められているのか。その理由は、大きく二つに集約されます。

一つは、天文学的な理由です。冬至は一年で最も太陽の高度が低く、建物の影が最も長くなる日であり、この最も厳しい条件をクリアすれば、他のどの季節でも日照が確保されるという合理性があります。

もう一つは、法律・設計上の理由です。人々の健康で文化的な生活に不可欠な「最低限の日照」を法的に保証するため、最も条件の悪い状況を想定して安全性を確認するという、フェイルセーフの考え方に基づいています。

この冬至基準は、建築物の設計に様々な制約をもたらしますが、それは多くの人々が共存する都市において、良好な住環境を社会全体で維持していくための重要なルールです。日影規制の背景にある「冬至」の意味を深く理解することは、法規制をただ守るだけでなく、より質の高い、周辺環境に配慮した建築と街づくりを実現するための第一歩となるでしょう。

つくるAI株式会社 編集部
つくるAI株式会社 編集部
2024年7月、トグルホールディングス株式会社より分社化した「つくるAI株式会社」のメディア編集部。デベロッパー様が土地をもっと買えるようになり、売買仲介様の物件の価値の判断がより正確になるツールを提供しています。

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